スポンサードリンク
スポンサードリンク

TOP >  医師不足で医療崩壊

医療崩壊 ~医師不足を切り口に~(3)

 昨今声高に叫ばれるようになった「医療崩壊」を医師不足という観点から3回に分けて探る。最終回は、医療現場の現状から考えた「日本の医療への提言」をお届けする。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090127/127684/

 2008年7月に私たちが取材先を検討した際に医師不足、院長辞任などによって混乱する、銚子市立総合病院が一つの候補として挙がった。銚子市にアポイントを試みたが、9月に病院閉鎖をすること、8月は市民集会の対応に追われるため、取材を受け入れられないとのことであった。新聞記事などによれば、最高責任者たる市長は国、県の支援を受けられなかったことを理由とし、議会は赤字経営を追求することにまい進し、市民は集会を開くが、閉鎖させるなというシュプレヒコールに終始する。銚子市の例のように、医療崩壊について責任を持って行動する者が誰もいない状況こそ最大の課題である。

 現状分析(前回記事)でも述べてきたが、日本の医療を取り巻く状況をどれだけの人が知っているのだろうか。日本の人口1000人当たりの医師数は2.0人とOECD諸国中27位であるが、日本の医療の質は高いレベルといわれている。つまり、日本はいわゆる先進国の中で、少数の医師によって安くて質の良い医療を提供してきたという現実がある。日本の医療、特に外科手術や救急医療に代表される本格的医療は、勤務医の献身と自己犠牲、志によって支えられてきた。しかし近年の医療需要の増大による労働環境の悪化と医療訴訟のリスク増加、社会やマスコミからの過度の攻撃的批判などにより勤務医の士気が下がり、「立ち去り型サボタージュ」(*1)が進行している。

*1:小松秀樹著『医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か』(朝日新聞社)参照。

勤務医にまつわる問題(不足、過剰労働)

(1)医師絶対数の充実

 政府は1983年(昭和58年)、アメリカの研究グループが発表した医療費亡国論(医師を増やすと医療需要を掘り起こすという説)の立場から医学部定員減を図ってきたが、2008年(平成20年)7月にようやく政府見解が変更され、医学部定員増に舵を切った。

 しかし、事前の懇談では、現在の8000人から10年後には1万2000人にまで増やすという提案であったが、政府の出した「安心プラン」の中身は、「平成20年度中に結論を出す」という曖昧な方向性である。私たちは少なくともOECD平均並みの、つまり人口1000人当たり2.9人の医師数が必要であり、少なくとも医学部に対する30パーセントの定員増が必要であると考える(*2)。この定員増は医療費の適正な増額とセットで行われるべきなのは言うまでもない。

 また、医学部を卒業してすぐに即戦力になるわけではなく、俗に「卒業後10年たって一人前」と言われ、多くの臨床現場を経験する必要があり、医学部の定員増と実際に医師が現場の第一線で戦力になるのには大きなタイムラグがあることも忘れてはいけない。

 なお、医師絶対数の充実に代わる対策として、医療行為の規制緩和( 1. 不足する麻酔医の代替として歯科医師が実施、2. 医師以外の者に一定の医療行為を開放、 3. 外国人医師の受け入れなど)も本研究会で検討したが、まずは日本医師の絶対数を充実させることが本質的であると考え、時期尚早と結論付けた。

*2:この場合には医師を引退する者、死去する者を考慮していない。まさに最低限度の概算値であるにも関わらず、政府実施計画値とは大きな乖離があることに着目されたい。

(2-1)過剰労働、辞めていく人を辞めさせない仕組みが必要

 36時間労働が常態化しており、過剰労働による燃え尽きが懸念される。また、増え続ける女性医師、厚労省の調査では医師の女性の割合は1994年に12.5パーセント(約2万7700人)だったが、2004年に16.4パーセント(約4万2000人)に増えた。しかし、現行の勤務体系は男性医師を想定して作られており、女性医師が出産・育児しながら働くことは想定されていない。女性医師がライフサイクルに合わせて就労できるような労働環境の構築が必要である。つまり、医療業界における女性の割合を悲観するのではなく、女医の結婚、出産、育児というごく人間として当たり前の生き方を是認する労働環境を整備することが先決であり、それは、男性医師の労働環境の是正にもつながる方策であると考える。

 医療機関の運営は労働基準法に則った形にしなければならない。「現在の医療制度は勤務医の積極的な奉仕によって支えられてきた」「若い時、寝る時間があるなら現場に立て、勉強しろと指導された」といった明治時代の徒弟制度さながらの慣行が今でも根強く力を持っている一面がある。

(2-2)解決の糸口として -ナイトシフト制の導入―

 36時間勤務が常態化している病院は数多いが、藤沢市民病院のこども診療センターでは、ナイトシフト制を採用している。これは常勤の小児科医14人が夜の当直業務のみを担当するシフト体制である。

 36時間勤務体制では、日中の通常業務(午前8時~午後6時頃。病院によって異なる)を終えたあと当直業務(午後6時~翌朝午前8時)に入り、翌朝まで働き、そのまま続けて翌日の日中業務(午前8時~午後6時頃。多くはそのあと残業があり、帰宅は午後8時過ぎ)に入る。

 藤沢市民病院こども診療センターでは、この当直業務帯のみを担当するシフト制を採用、ナイトシフトにあたった医師は夕方に出勤し、当直業務を終えた翌朝、日中業務に入らず帰宅する。こうした医師の夜勤体制を採用したのは藤沢市民病院が全国初だという。常勤の小児科医14人という、非常に恵まれた体制であるからこそできるナイトシフト制であり、どこの病院でも導入できるものではないが、そうした勤務体制の病院でならぜひ働きたい、という医師は多いだろう。

(3)需要の適正化

 小児医療費を全額無料とするなど自治体独自の医療費支援策が行われているが、これはコンビニ受診(*3)を招いている要因とも言われている。一定の手続きを踏むことなどで需要の適正化を図る必要がある。例えば、病院の窓口では一端自己負担分を患者が支払い、その後に市役所の窓口で医療費の還付を受けるといったことが考えられる。

(4)医師の地域偏在の解消のために

 医局制度については地域の医療を支え、過疎地への医師の派遣という一定の評価もあった。医局制度に代わり、新臨床医制度が新たに導入された。これによって、地域偏在が加速したとされる。地域偏在の解消のために、医局制度の見直し、医師の地域勤務の義務化などが挙げられている。だが、研修制度が充実した病院や、医師として働きやすい地域には、非都市部の病院でも医師は集まってきている。医師の働く場として魅力を高めていく病院づくり・地域づくりの視点を欠かしてはならない。

(5)サポートを充実させる

 保険会社に提出する書類など必ずしも医師が行う必然性が無い事務の担い手の採用や保険会社に出す診断書の様式の統一など、事務仕事を必要最小限なものにし、本来業務である医療行為に集中できる環境を作る。コメディカルに対する規制緩和はこの部類に充てられるかもしれない。今回は医療現場のリーダーたる医師にフォーカスしたが、看護師、薬剤師、理学療法士などコメディカル従事者についても、人員不足や激務が明らかになっている。今後の検討課題として、絶対数を増加させると同様に、救急救命士とともに、処置範囲の拡大を実施しなければならないと考えている。

*3:軽症であるにも関わらず、深夜などの時間外に受診する「コンビニ受診」は当直業務に従事する勤務医の負担を増やしている。

超高齢化による社会保障費の増加

(1)社会保障費に安定的な財源を

 厚生労働省「国民医療費の状況」を見ると、2006年度の国民医療費は33兆1276億円(前年度33兆1289億円)、1人当たりの国民医療費は25万9300円で、医療費の国民所得に対する比率は8.88パーセントとなり前年度の9.04パーセントより減少が見られる。しかしながら、今後の高齢化率を鑑みれば、当然増加傾向にあることは否めず、厚労省は病床数を削減し、社会保障費の抑制を3000億円程度実施する見込みである。これに対しては公共事業費を社会保障費(医療)に充てることで解決の糸口が見える可能性がある。

 また、寄付制度の拡充などで複線化も視野に入れた予算の制度設計も重要である。

(2)コストに見合った医療

 現時点の保険点数は、医療事業のみでは採算が取れない状況である。医療事業で発生した「いわゆる赤字」を、民間医療法人では不動産収入などで、自治体病院では一般会計から補てんしているのが現状であり、コストに見合った保険点数に見直しが必要である。一方で無制限な医療費の増大は避けなければならない。病気にかからない、かかりにくくするために予防医療の充実・普及、義務教育や社会教育によって医療知識の向上を図る必要がある。

対医療訴訟について

 患者側の医療に対する過度な期待や医師の説明が不十分なことによって、患者と医師の信頼関係が危うい状況になりやすい。政策立案担当者や医療者は、患者と医師の信頼関係を築くように、マスコミを通じて直接国民に情報発信することが必要である。

 福島県大野病院での医師逮捕以来、産婦人科医が激減したように、医療訴訟が医師の士気に大きな影響を及ぼすのではないだろうか。医療は不確実性が高いことを患者側に伝えるとともに、医療訴訟やトラブルについては医師個人ではなくてチーム(病院)で対応することが必要である。

 また、今後、医療事故の無過失補償や医療に特化した真相究明のための裁判外紛争解決手続(ADR:Alternative Dispute Resolution)を創設し、大野病院事件に見られるような事態を防止することが必要である。

おわりにかえて

 我々が研究を進めていく上で、しばしば聞かれたことがある。それは現代の日本人が死をどのように捉えているのかという問題である。

 残念ながら、いかに医療が日進月歩、高度に発展しようと人間に死は必ず訪れ、逃れる事はできない。しかし奇妙なことに日本人の意識から死の意識が遠のいている様子だ。それを端的に表すように、マスメディアはこぞって名医を紹介し、「優秀な」病院をランキング付けするのに忙しい。病気は手術すれば、お医者さんにかかれば必ず治る。すなわち根治することができる。あたかも「神の手」を持った医師が存在し、病身の患者をまったくの健康体にしてしまう魔法があるかのごとく報道する。

 ここに私たちが見てきた現場との大きな相違点が存在する。つまり、医師は、医療は不確実であることを知り抜いているのに対し、患者は、医療は万能であると考えている。医師にとって病は根治困難であるというのに、医療行為を受ける患者は、完全に治癒すると認識している。医療サービスを受ける側の基本的な心構えとして、『医療崩壊』(小松秀樹著/朝日新聞社)にもあるように「医療は検査にしろ、治療にしろ、体にとって基本的によろしくないことをする」ということをもう一度真摯に受けとめなければならないのではないだろうか。

 一人ひとりの国民が、病や死をどのように認識し、理解し、そして迎えるかを考えなければ高齢化した社会に対応できる医療制度を構築することはできないのではないだろうか。そして個々の人生の終末の形、迎え方が明確にならないならば、訴訟ばかりが氾濫する世の中になってしまいかねない。医療現場を経験することによって見えてきた日本人の死生観の問題も常に考慮に入れて制度設計を構築しなければならないと感じながら論文を締めくくりたいと思う。

スポンサードリンク

関連エントリー

医療崩壊 ~医師不足を切り口に~(3)   医療崩壊 ~医師不足を切り口に~(2)   <医療交流集会>医療崩壊阻止しよう 医師や医学生ら、再生策など議論--下京 /京都   医学部定員の大幅増を―超党派議連決議   医師不足…地域・診療科で偏在   小児科を守れ:/中 行政だけに頼らない 立ち上がった、おかあさんたち   地域医療の人材育成へ協定 道教委と北大、札医大、旭医大が調印   爆発的医療需要に備え医師増員を   北海道夕張市・地域医療再生に賭ける医師   塩谷総合病院常勤内科医1人に6月から入院、救急対応に影響も   小児科を守れ:/上 医師減少「もう限界」 中止された一般外来   社説:野党の廃止法案 「75歳」線引きの是非こそ論じよ   医師不足 深刻さ訴え   医師、看護師不足 改善訴えで学習会   山口県勤務医部会の取り組み   医師不足:250人の県出身・全国の医学生に知事が手紙「就職は古里で」 /富山   医学界と国会議員が意見交換   【コラム・断】麻酔科医の逆襲   救急告示病院、都市部でも減少<解説>   道路と命、どちらが大切ですか?-NPO法人医療制度研究会副理事長、本田宏医師   医師不足、勤務医の低月給-疲弊する勤務医の実態   生産性の低い日本の医療。超高齢社会に向けて「医療崩壊」は必然である   ニュース追跡:小児医療、崩壊の危機に直面 軽症患者の殺到に医師疲弊 /埼玉   支局長からの手紙:どげんかせんと、医療崩壊 /福井   医師不足:「医療は命の安全保障」 県民実行委が公開講座 /福井   新生児集中治療室:病床増の障害は「専門医不足」   広島大医学部:推薦入試に「ふるさと枠」 地域医療推進へ--09年度から /広島   読む政治・選択の手引:医療費(その2) パンク寸前、公的医療   アジア記者クラブ2008年4月定例会(明大・お茶の水)   医療従事者の5割「辞めたい」 県医労連アンケート 業務多忙、休暇取れず 医師・看護師の増員求める   医療費が足りない/3 激務の勤務医   ご近所のお医者さん:/44 人口10万人当たり、滋賀県内の医師数 /滋賀   医師らの刑事免責確立を   『病院以外の職場がこんなに明るいとは知らなかった』 (週刊プレイボーイ 17号)   まさに 「隔靴掻痒の感がある。病院の現場のことは知らないというのか」   8割超の市町村で「お産不能」に-北海道   「カルテの余白」出版記念パーティー開かれる   国立がんセンター:麻酔医が相次ぎ退職 手術にも支障   医師不足:2次救急医療、紋別病院が撤退--今月末で /北海道   【主張】博士号に謝礼 贈収賄事件にもつながる   救急医療の本質を議論 救急と医療連携の検討会   大半の地方の医師はいつ過労死してもおかしくない   がん:新治療に粒子線 取り組む医師らが講演--大阪・北区で23日公開講座 /大阪   スクランブル:医療・福祉現場を考える 増える患者らの暴力 /広島   シンポ:開業医の役割考える 疲弊する医療現場から報告--20日・京都会館 /京都   瀬戸際で崩壊防ぐ 諏訪地方の産科医療   医師不足認め対策   搬送への対処、意見交換 南区 医療崩壊と救急テーマにシンポ   「医師、スタッフ足りない認識を」   大阪府医師会22年ぶり会長選──1票差で与党協調派3選   医師「総数として不足」政府認める   医療格差、東京で病院経営がつらい理由   患者は“神様”? 悲鳴を上げる勤務医   【外科破壊】外科医は恐ろしいペースで減っている 盲腸手術まで一週間待ち?   医療崩壊 外科は崩壊前夜→医療費削減でエリート医師の海外流出はもうすぐ   患者は“神様”? 悲鳴を上げる勤務医   病院受け入れ問題 市民と医師ら医療学習会企画   医師絶対数が不足 外科医・本田さん講演会で訴え   「頑張りすぎないで……」に励まされて   2008年1月16日(水)  東奥日報   「医療崩壊阻止し、医師の新時代を」   勤務医ら新団体設立を計画 労働環境改善求め集会   全国医師連盟の創設に向け決起集会   【産経抄】1月10日   若い外科医が海外に逃げていく--もう1つの医療崩壊   長野県の医療、ピンチ   若い外科医が海外に逃げていく--もう1つの医療崩壊 (NikkeiBP) 必要なのは待遇改善と正当な評価   連休中に事故とか急病とかなったら死ぬぞ   これでは医師不足解消できぬ   悪循環招く医師不足 公的病院に再編の波   医師不足で公的病院再編の波   診療報酬改定 医師確保めざす一歩に   医療崩壊元年、プラス改定にも危機感   増える過労死 「当直」違法状態。 現場のお医者さんは全力で休みを取る方向にがんばっていただきたい。   診療報酬0.2%増で調整、産科・小児科に手厚く…政府・与党   患者も知って! 医師の過労・過労死の実態   嗤うしかない:産経新聞社の論説室のクオリティ   医師の過労死をなくし,勤務条件を改善するための施策の強化についての申し入れ 【過労死弁護団全国連絡会議】   外国人医師の診療解禁、特区限定で…舛添厚労相が表明   筋弛緩剤で医師自殺 神戸中央市民病院   ある医師が当直中にお亡くなりになられました。患者である国民の1人として心より哀悼の意を表させていただきます。(伊関友伸)   「宿直が月10回…」過労死110番へ医師・教師ら続々   こんな労働条件では、私達は、医療はできません   青森県の産科状況.10年前は140人今90人   韓国でも外科医がいない 医大生に敬遠される外科 朝鮮日報2007/11/11   医師・看護師増 安心の医療へ   看護師不足、このままでは加速/東京都   医師不足に危機感-奈良の医療考える集会  (2007.11.5 奈良新聞)