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TOP >  医師不足で医療崩壊

医療崩壊 ~医師不足を切り口に~(2)

 昨今声高に叫ばれるようになった「医療崩壊」を医師不足という観点から3回に分けて探る。今回の第2回では現場で見聞きしてきた医療現場の現状を紹介する。

赤字になる病院の収支

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090108/123018/

 日本全国には約9000の病院がある。2006年度、日本病院団体協議会の調べによると、医療費削減により全国の病院の43パーセントが赤字であった。

 政策投資銀行作成の資料によると、全国の一般病院の一施設、1カ月当たりの平均医業収入は約2億3700万円、それに対し医業費用は約2億5000万円である。すなわち、2億 3700万円の利益に対して、2億5000万円の経費、費用がかかり、収支差額は約1300万円のマイナス(割合でマイナス5.5パーセント)である(*1)。

 昨今は公立(自治体立)病院の赤字が叫ばれている。実際、この資料によると、病院のうち公立病院だけが医業収支差額マイナス17パーセントと突出している。公立病院は住民のための幅広い医療サービスを提供するため、救急・小児科などの採算性の悪い分野も持たなければならないことが第一の理由であり、人件費の割合が高いことも特徴である。

 医業をやればやるほど赤字になるのが今の公立病院の現状なのである。

 収入から支出を引いたものが損益なので、収支が赤字であるのは収入が少ないか、支出が多いか、あるいはその両方かである。

 医業における収入、つまり医療費は公的に決められている。医療行為には公的に決められた値段(=保険点数)がついている。注射1本何点、手術1回何点というふうに決められており、これは全国一律のものだ。保険点数で問題として指摘されるのが、次の3点である。

1. 保険点数は実際のコストを考慮せずに決められていること

2. 未熟な医師による手術も熟練した医師による手術も同じ点数であること

3. 検査や手術をやればやるほど収入増になり、検査や診療の過剰を促す

 医療費抑制策のもと、2006年には診療報酬の大幅マイナス改定が行われた。収入に当たる診療報酬は減少したが、一方の支出側である人件費や物品購入費をそれに合わせて減らすことは容易ではないのが現状だ。

*1:『自治体病院の経営改革-なぜ、今、自治体病院か』財団法人日本経済研究所 日本政策投資銀行 吉田秀一氏作成資料より

吉田氏が作った資料は日本経済研究所のこちらのページ(正念場迎えた自治体病院経営)で見ることができる。

救急医療に「採算性」は求められうるのか

 次は、救急医療の採算性について考えてみよう。

 救急医療では、瀕死の一人の患者に何人もの医療スタッフが昼夜を問わず、集中して治療に当たる。24時間365日救急医療を稼働させるには医師、看護師だけでなく、検査技師、放射線技師、薬剤師、医療事務のスタッフも同様に確保しなければならない。

 ただ、救急医療の性質上、そうした何人もの医療スタッフを確保していてもいつ患者が来るかわからない。十数人の医療スタッフを救急患者のために一晩中待機させていても、もしかしたらその晩はたまたま救急患者が来ないかもしれない。それでも当然ながらその日の晩の医療スタッフの人件費は発生するので、救急体制を充実させようとすれば、採算性の悪化は避けられない構造になっている。

 こうした収支の差はどう埋められているのだろうか。

 自治体病院は一般会計からの繰り入れを行い、収入の不足を補っている。また、都内のある有名総合病院は病院の所有する土地を貸し、そこに建った高層オフィスビルの土地代を病院本体に繰り入れて収支の差を埋めている。病院ランキングで上位に輝くようなブランド病院でさえも医業そのものの収入では赤字なのが、日本の医療の現状である。

 医療において経営的視点が欠けているという指摘がなされることはよくある。だが、経営的視点とはつきつめて言えば、適正な収入を得、支出を適正なものにし、適正な利益を上げることではないか。医療現場において支出の適正化はもちろん課題であるが、収入に当たる医療費をコストに見合った適正なものにしなければ、医療を立て直していくことはできないのではないだろうか。

医療行為に集中できない医師

 頻繁に引用されるOECDの調査データによると、諸外国に比べ日本の医師数が少ないことはここ1年ほどで少しずつ知られるようになった。住民 1000人当たりの医師数は日本が2.0人であるのに比べ、OECD諸国平均は3.0人、アメリカ2.7人、フランス3.3人であり、ギリシャは4.5人である。看護師などのコメディカル(医師以外の医療従事者)の数も少ないことを合わせれば、欧米に比べ4分の1のマンパワーで医療を行っているともいわれる。

 日本の医療現場ではコメディカルの数が少ないため、直接の診療行為以外に膨大な数の書類の作成や、患者の搬送、夜間などの時間外には患者から採血したサンプルを検査室に持っていく、簡易レントゲンを緊急でとるなどの業務まで若手医師が担っている。ただでさえ少ない医師が、多くの業務を行わざるを得ないため、「忙しすぎて診療している時間がない」のが現状なのだ。

 我々が見学に訪れた地域の中核病院でも、36時間連続勤務が常態化していた。36時間連続勤務とは、例えば月曜日朝に出勤し、通常の勤務を行う。そのまま夕方から当直業務に突入し、次々に来る救急患者の対応のため、ほぼ寝られずに朝まで働く。そしてそのまま火曜日の通常業務に入り、夜まで働くというものだ。

 ある若手医師はこう語る。

 「一週間に1、2回はそうした当直がある。10日に1日休めるかどうか」

 別の女性医師はまた次のように語る。

 「一晩中寝ないで救急患者の対応をすると、翌日には頭が朦朧(もうろう)としている。ミスをしないかいつも心配している」

 一晩中寝ずに当直業務に従事した翌朝の医師の判断力は、飲酒時と同程度にまで落ちるとも言われている。飲酒時の医師の診療を受けたいと思う患者はいないだろう。当直明けの医師の診療を受けるというのは、飲酒時と同じ判断力の医師に自分の命を預けることになり得ると考えると、過酷な勤務体制は決して医師だけの問題ではない。

委縮医療が医業の未来を奪う

 第一線の病院で働く勤務医ほど、今のままの病院で働き続けることに明るい未来を感じていない。

 「院長あてに投書されちゃうな」「カルテに記載しておかないと訴えられるよ」「何かあったら訴訟で負けるよ」。医療現場ではこうした会話が交わされているのが実情だ。医療訴訟や悪質なクレームの急増で現場が感じているプレッシャーは相当なものである。国民全体の意識の変容を背景に、苦情やクレームも近年悪質なものが増えている。

 ある病院で聞いた話だが、治療の合併症について不審に思った患者家族が、病院だけでなく医師の自宅にまで執拗な電話を昼夜問わず何カ月にもわたりかけ続け、その結果医師は精神的にも肉体的にも極限まで追い詰められて、医師として働けなくなってしまったという。患者や患者家族からの執拗なクレームにより医師の心が「折れてしまう」こともあるのだ。

 また、前回触れた大野病院の例のように、通常の業務を行っていても不幸にして患者が亡くなってしまったら手錠をかけられ逮捕されてしまうかもしれない。そう考え、リスクの高い手術から手を引いた医師や施設は多い。

 36時間勤務に代表される過酷な労働環境や、訴訟リスクの増加(勤務医の4人に1人が医事紛争を経験している)などから、中堅勤務医が次々に病院を辞め、早めに開業する傾向が強まっている。勤務医が不足しているということは、勤務医であることのメリットをデメリットが上回ってきていることを反映している。それに加え、「患者側の意識が変わって、最近は患者に感謝されなくなった」ということをあちこちの病院で聞くのは印象深い。

 このように、開業により中堅の医師が勤務医を辞めている現状が続くと、今後、若手医師を手とり足とり教える指導医が減少し、診療技術の伝承ができなくなっていく恐れがある。

 2008年に入ってから「医師不足」が広く報道されるようになってきた。それまでは、「医師は不足していない、偏在しているだけである」という認識が主であったことを考えると、これは非常に大きな変化である。医学部の定員削減の方針も転換された。しかし、勤務医が勤務医を続けられず、中堅医師が辞めていく今の状況を放置したままでは根本的解決とはいえない。勤務医に「未来のなさ」を感じさせるような状況をなんとか変えていくことが望まれる。

 また、そうした勤務医の「未来のなさ」を敏感に感じ取って、医学生の中には臨床研修終了後、中核病院の勤務医になることを避ける者も増えている。

 重症や救急患者の多い中核病院の常勤医ではなく、軽症中心の外来クリニックの非常勤医や集団検診医、コンタクトレンズ販売店の嘱託医など、訴訟リスクの少ないところで働く医師も増えている。また保険会社の審査医や厚生労働省の医系技官、医療関係の起業など、医師免許を持ちながら診療行為そのものに携わらない選択をする中堅医師もいる(*2)。最近では医学部卒業後、医師免許を取得せず、外資系コンサルタント会社に就職する者もいるという。

 蛇足であるが、日本の医療費が諸外国に比べて低く抑えられ、医師数が限られてきたのはここ数年に始まったことではない。ここにきて「医療崩壊」が顕在化してきたのは、国民意識の変化も一因ではないだろうか。医療に対する要求が徐々に過剰になっていき、それに伴い、コンビニ受診、訴訟リスクの急増、クレームの悪質化が生まれてきた。前述のように、昔に比べて患者側に感謝されなくなったと感じる医師も多い。数値化するのが困難なだけに意識されにくいが、国民意識の変化という要素を抜きにして「医療崩壊」を考えるべきではないだろう。

*2:『貧乏人は医者にかかるな!-医師不足が招く医療崩壊』(永田宏著 集英社新書 2007年)参照

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