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米国における老人ホーム医療の実際

 先進国において人口の高齢化はかつてない大きな課題となっている。特に日本の高齢化は世界で群を抜いており,65歳以上の人口の占める割合は20%を超えた(2006年)。高齢化問題は米国でも同様で,高齢者に医療を提供する老年医学専門医の養成が急務になっている。私は幸い,米国ハワイ大学で老年医学を学ぶ機会を得た。その過程で見えてきたものは老人ホームにおける医療の特殊性と重要性である。今回は米国の老人ホーム(Nursing Home:NH)での興味深いケアの概要を述べようと思う。

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02809_02

数字でみる日米の高齢者福祉

 CDCから入手可能な統計を基にすると,1999年における米国のNH数は1万8000か所に上り,総ベッド数は約187万床,入居者は約162万人である。入居者数が年々増加しているのは想像に難しくない。また,NHにかかる医療コストは年間およそ688億ドル(1999年)である。

 わが国でも,厚生労働省のHPから得られる情報から,年々要介護認定者数が増加していることがわかる。2006年度は2000年度の70%増である約440万人が要介護認定を受けている。65歳以上の国民の占める割合が上昇し続けているという事実と,日本人女性の平均余命が65歳で23年,85歳でも8年あまりあるということから,高齢者の介護をするのも高齢者という図式がいたるところに見受けられ,ますます老人ホームに対する依存が高まるものと考えられる。

 米国ではNHに依存せずに自宅介護を受けている高齢者のためのサービスが充実している。例を挙げると,高齢者向けの公共トランスポーター,食事宅配サービス,アダルトデイケア等に加え,ケアホーム,フォスターホーム等のNHの代替となるサービスや,疲労した介護者のためのレスパイトサービスもある。こうしたサービスを提供することにより,NHへの依存を減らそうとしているのである。

 日本も未曾有の高齢社会を迎え,こうした社会的サービスをさらに充実させ,長期介護にかかるコストを削減する努力が必要になると思われる。

NHの環境と介護目標

 NHは規定数の看護師と看護助手のほかにソーシャルワーカーで構成されている。米国ではPT,OT,ST,呼吸療法士,薬剤師,ラボ,放射線技師は外部との契約であることも珍しくなく,複数のNHを掛け持ちしている。それぞれの患者の主治医がNHを訪問して診療に当たるのが基本だが,近年はNH専門に診療する老年科専門医が患者を引き継いで診察しているのをよく目にする。

 最近はNHをより“自宅”のような環境にするという運動が盛んである(Eden Alternative)。従来のNHといえば病院のように冷たく,無菌的な印象であった。しかし,NHは患者の一時的な仮宿ではなく,住処であるというもっともな理由から,部屋を個人の趣味に装飾する,家族の写真・手紙を飾るといった簡単なことに始まり,ラウンジを作る,ナースステーションを見えないところへ移動する,天窓を設けて人工照明を減らす,魚・動物を飼う,植物を育てる,ピアノの設置,休日に子どもたちを招待するなどの環境の改善が取り組まれている。これらは日本でも取り組むべきポイントと言えよう。

 米国のNH入居者は24時間介護が必要な長期介護の患者以外にリハビリや点滴治療,創傷治療などが必要な短期入居者が混在しているのが特徴である。医療コスト削減のために急性期病院を退院した患者がNHで治療を継続して自宅に戻ることが一般化している。日本でも,急性期病院との連携を図ることでNHのリソースを有効活用し,NHの経営を安定化させるとともに,急性期医療にかかるコストを削減させることができるであろう。

 NHでの介護目標は患者のQOLを最大限高めることであるのは当然だが,急性期病院への不必要な転院を最小限に食い止めることも重要である。それには,安全な環境の提供,機能的自立度の保持,個人の自主性の保持,終末期医療では痛みからの解放と尊厳の提供,各種専門家による合同チームケアの提供,慢性疾患の安定化・進行の遅延,急性疾患・医原性疾患の防止とそれらの早期発見・治療が重要で,NHスタッフに浸透していなければならない。

予防を心がけた診療

 米国ではNH入所後90日間は30日ごと,その後は60日に一度の医師による診察が義務付けられている。

 入所後48時間以内に初診を行うが,基本は,既往症の確認,理学所見,精神・身体機能評価,バイタルサイン,皮膚所見,治療可能な疾病,過去に認識されなかった疾患の発見,患者とその家族とのコミュニケーション,介護ゴール設定と治療プラン(リビングウィル含む)である。

 ほとんどの患者が医学的に安定しているという特殊な環境において,医師が常に念頭に置かなければならないのはモニター,スクリーニング,予防である。参考例を表に示す。

表 NHでの診療での留意点

| すべての入居者:バイタルサイン,体重(毎月)

糖尿病患者:空腹時血糖(必要に応じ),HbA1c(年2回)

腎不全で利尿剤利用:電解質,腎機能(2-3か月ごと)

NSAIDs利用:ヘモグロビン,便潜血(1-2か月ごと)

鉄剤利用中の貧血患者:ヘモグロビン(2-3か月ごと)

ジゴキシン,抗痙攣薬,リチウム,キニジン,プロカインアミド,テオフィリン,三環系抗うつ薬服用者:薬剤濃度(3-6か月ごと)

グ 詳細な病歴採取,機能評価(歩行,認知能力,ADL,抑うつ),視力・聴力検査,歯科受診,ツ反,各種検査(便潜血,CBC,空腹時血糖,電解質,腎機能,Alb,Ca,リン酸,TSH):毎年

CXR,EKG:入居時

マンモグラフィー:医師の判断で毎年

防 インフルエンザワクチン:毎年

抗インフルエンザ薬:NH内インフルエンザ発生の24-48時間以内

肺炎球菌ワクチン:65歳以上1回

破傷風ワクチンブースター:10年ごと


 こうした予防措置に加え,体位変換,関節可動域訓練,感染制御,環境安全は日常的に行われるべきものである。

介護の質管理

 NHの介護の質を図る指標としては,外傷,転倒,抑うつ,過剰投薬,認知症,尿路感染,失禁,尿カテ,便秘,抗生剤使用,体重減少,経管栄養,脱水,拘縮,向精神薬使用,抑制,圧迫潰瘍等の入居者保有率が利用される。米国ではこれらのデータが政府に報告され,しかも公表される。それらのデータがNHのランキングにも用いられるため,どのNHも必死で介護の質を上げるよう努力している。

 老年医学の特筆すべき点に医師,看護師,SW,PT,OT,ST,薬剤師らによるチームアプローチがある。定期的にすべての入居者に対して行われる会議は,時には患者や家族も交えて行われ,患者のより深い理解につながる。もちろん,こうしたアプローチは個別で包括的なケアプランの作成に不可欠である。その他のチームケアの利点として,急性期病院への転院率,死亡率,投薬率の減少が報告されている。

 老年医学は内科学とも家庭医学とも異なる独特な専門分野であり,高齢社会の先頭を走る日本に不可欠である。機会があればより具体的な診察,診断,治療について述べたいと思う。




山前浩一郎氏

1995年慈恵医大卒。虎の門病院で内科初期研修後,母校大学院で博士号取得。慈恵医大糖尿病代謝内分泌内科を経て,2004年にピッツバーグ大にて米国家庭医療学レジデンシーを開始。07年よりハワイ大に移り現在老年医学フェロー2年目。ハワイの素晴らしい環境の中で研修できる幸せを日々感じている。米国家庭医療学専門医。

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