クローズアップ2008:後期高齢者医療 線引き譲らぬ与党、将来像示せぬ野党
「75歳以上の切り離し」との厳しい世論を追い風に、野党4党が国会に提出した後期高齢者医療制度廃止法案は3日、参院厚生労働委員会で実質審議入りした。新制度を廃止し、当面は旧老人保健制度へ戻すことを訴える野党に対し、与党は「無責任」と反論し、同日に正式合意した負担軽減策で乗り切る方針だ。しかし与野党ともに、国民が求める安定した医療制度の将来像を描けていないのが現実だ。【吉田啓志】
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20080604ddm003010123000c.html
◇どう変わった?旧老人保健制度→後期高齢者医療
かつての老人保健制度と、今回導入された後期高齢者医療制度にはどのような違いがあるのか。
■世代格差是正狙うが
旧老人保健制度は10・8兆円(06年度)の老人医療費のうち、半分を税金から、残りを企業の健保組合や市町村の国民健康保険などからの拠出金でまかなっていた。
拠出金は現役、高齢世代とも、自分の保険料のうちいくらが老人医療費に回されているのかが分からない仕組みで、健保組合などから「現役の保険料が『青天井』で老人医療費に回されかねない」との批判を招いた。民主党も問題視し、00年11月、参院国民福祉委員会に「新しい高齢者医療制度が必要」とする付帯決議を共同提案している。
後期高齢者医療制度は医療費の5割に税を投入する点は旧制度と同じだが、1割は高齢者が負担し、勤め人の扶養家族としてこれまで保険料を払っていなかった人にも負担義務を課した。一方で74歳以下の負担(支援金)は4割を上限とした。
高齢者の負担は当初は1割だが、その割合は徐々にアップし、個人の保険料の金額は7年で40%弱上がる見通し。負担を1割で固定すれば、少子化で減少する現役1人当たりの負担が重くなりすぎるためだ。医療費の透明化を高めるとともに、高齢者全員に保険料負担を求めて世代間格差をならそうというのが、新制度導入のもう一つの側面だ。
■健保組合は負担増に
厚労省は、新制度の導入などで2025年の老人医療費は25兆円に抑制できる一方で、老健制度を存続させた場合には30兆円に達すると試算する。08年度に75歳以上が払う保険料総額は約1・1兆円。老健制度に戻れば、うち数千億円は現役世代がかぶる計算だ。新制度を廃止すれば、75歳以上の大半は市町村の国民健康保険に戻る。06年度の国保財政は3236億円の実質赤字だ。高齢者の多い市町村では保険料が大幅に上昇する可能性がある。3日の参院厚労委で、自民党の尾辻秀久参院議員会長は「旧制度に戻すのは時間と金のムダになりませんか、と言いたい」と皮肉を込めた。
しかし世代間格差の是正という新制度の目的は、初年度から揺らいでいる。厚労省は06年時点で、健保組合の08年度に必要な保険料額は、新制度の導入で1・1%減らすことが可能と試算していた。ところが実際に08年度に健保組合から新制度へ支援した金額は、07年度時の旧制度への拠出金より8・3%増の1兆2266億円に達する。老人医療費が想定よりも増えたことが一因で、1人当たり3000円強の負担増だ。
■「保険料だけでは…」
08年度は141組合が保険料を引き上げる。その一方で、高齢者には与党主導でさまざまな軽減措置が導入される。厚労省幹部は「見通しが甘かった」と認めながらも、「保険料だけで支えていくのは難しい。消費税率をアップして税の投入割合を高めるしかない」と本音を漏らす。
◇厚労省幹部「痛み共有を」/中曽根元首相「機械的で冷たい」
小林正夫氏(民主)「(新制度は)75歳以上の人はやっかい者で、いない方が助かるとのメッセージを与える」
舛添要一厚生労働相「75歳以上は慢性疾患が増えるなど(線引きには)意味がある」
3日の参院厚労委。野党は新制度が75歳以上だけを切り離すという、世界でも例のない仕組みであることを強調する戦術に出た。対する政府・与党は「75歳以上には、年齢にふさわしい医療が必要」と、防戦に終始した。
後期高齢者医療制度の特徴の一つは、すべての高齢者に負担を求め、自分が住む地域の医療費が増えれば、保険料も上がる仕組みとしたことにある。
その意図について厚労省の担当幹部は1月、講演で「医療費が際限なく上がっていく痛みを、後期高齢者が自らの感覚で感じ取っていただくことにした」と語った。
この幹部は、法律の解説書でも「後期高齢者が亡くなりそうになった時、家族が1分でも生かしてほしいと、いろいろな治療がなされ、(結果として医療費が)500万円とか1000万円の金額になってしまう」と書いた。新制度の主な目的が、医療費の抑制にあることは否定できない。
こうした新制度の「根本理念」に、高齢世代から批判が強まっている。自民党内でも堀内光雄元総務会長(78)が「うば捨て山だ」と怒り、中曽根康弘元首相(90)はテレビ番組で「名前が機械的で冷たい。至急元に戻し、考え直す必要がある」と述べた。
それでも与党の対応は、制度開始直後に保険料アップが集中的に批判されたことへの修正策に多くを費やす。厚生族の間には「75歳以上を独立させる案は、10年以上議論した末に決めた結論」との思いが強い。
与党は3日、全員が一定額を一律に負担する「均等割り」について、年金収入が基礎年金水準(年間80万円)の場合は保険料を9割軽減するなど、保険料の負担軽減策で合意した。また、国民健康保険から後期高齢者医療制度に移行して、保険料がどのように増減したかの全国調査も、先週の発表予定が遅れた。「沖縄だけ保険料が上がっている」(自民党幹部)ことから一時、8日の沖縄県議選の後に先送りする案が浮上したためで、目先の取り繕いが目立つ。
こうした与党の対応には厚労省内からも「批判は制度の本質に向いているのに、与党はずれている」(幹部)との不安が漏れる。与党が検討する軽減策をすべて実現するには、最大3000億円が必要なのに、財源措置は未定だ。
ただ、野党も展望は描けていない。廃止法案は、多数を握る参院で可決し、衆院で与党を揺さぶることに狙いがあり、そもそも成立する見込みは薄い。老健制度に戻す場合の財源も不明だ。民主党は対案として全医療保険を一元化する案を検討し始めたが、一元化案は「現役の負担が増え過ぎる」として、政府内の議論で既に6年前に否定されている。
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■ことば
◇均等割りと所得割り
後期高齢者医療制度の保険料は、原則として加入者数に応じて1人当たりいくらと決められ、全員が一定額を一律に負担する「均等割り」と、年金収入が153万円を超す人から、収入に応じた金額を徴収する「所得割り」の合計額で計算される。
毎日新聞 2008年6月4日 東京朝刊
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