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医療崩壊を考える その1

子どものときに、川崎病に罹患したことがある。
 よく誤解されるのだけど、川崎病というのは四日市喘息などと違って、公害病ではない。川崎富作博士という小児科医がその病気を報告したので「川崎病」と呼ばれている病気である。わたしがこの病気にかかったころは、「こういう病気がある」というのすらまださほど知られていなくて、わたしは病院で病名もつかないまま手探りの治療を受けていた。

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 わたしは、「もうすぐ死んでしまう子」と周囲から思われていたようだ。
 原因不明の39度から40度の熱が数週間にわたって続いていたのだから、それも仕方のないことだろう。そして実際、川崎病で命を落とす子というのは、いまも毎年いるものなのだ。
 隣の病室には、末期がんのおじいさんが入院していたそうだ。
 わたしは病状のいいとき、病室で声をあげて歌っていたそうなのだが、その声を聞いたおじいさんが、
「ああ、今日は歌っている。よかった、よかった」
と涙を流して喜んでくれたと聞く。残念なことに、わたしはこのおじいさんの名前を知らない。わたしが五歳だったときのことだ。
 当時のこととして、記憶しているのは四つある。
 ある日わたしは、ウルトラマンが見たいと思った。その日が放映日でないのは知っていた。しかし、
「ウルトラマンがみたいな」
と口にしたら、若い医師が、
「どうだろう。きょうはウルトラマンやってるかな?」
といって、テレビのチャンネルをいつまでも回してくれた、その横顔である。医師にしても、その日が放映日でないのはわかっていたのではないかという気がする。けれど病気の子どものために、彼は長いことチャンネルを回してくれていた。
 それからもう一つは、ドアの隙間から重箱を差し出している伯母の姿である。食べ物を受け付けなくなったわたしに、伯母はおはぎを作っては差し入れにきてくれた。伯母の作るおはぎを、健康だったころのわたしが好んで食べていたのを覚えていてくれたからだ。あるいは伝染性の病気かもしれないと疑われていたので、母は伯母が病室のなかに入らないようにと拒んでいた。その伯母が、ドアの隙間から悲しげな顔でわたしを見ている、その表情だ。
 死に行くかもしれない子どもに、みなが優しかった。
 三つめの記憶は、近づいてくるリノリウムの床である。奇跡的に症状が治まったあと、わたしは歩けなくなっていた。病院の廊下で歩行訓練を行うのだが、床に倒れこんでしまう。そのときに近づいてくる、床である。母は、わたしが生涯歩けない身になったと思っていたそうだ。多種多様な抗生剤がわたしに投与されていた。大腿四頭筋短縮症になったと思われていたらしい。幸い、わたしはいま、普通に歩ける。
 そして、四つめの記憶は、真夜中の院長先生である。
 院長先生は戦前の生まれで、町の名士で、尊敬を集めていた。亡くなったときには新聞のローカルページに大きく訃報が載り、
「マキコ、お前を助けてくれた先生が亡くなった」
と、母が涙ぐんでいたものだ。いまでも不思議なのだが、院長先生は外来の患者を診ていたはずなので、日中は起きているはずなのである。それなのに深夜に一度、かならずわたしの病室を訪れて、聴診器をあて、看護婦さんに指示を出していた。薄暗い病室のなか、数人のスタッフを従え、きっちりとネクタイを締め、白衣を着て診察にやってきた院長先生の威厳ある姿が、いまもぼんやりした記憶のなかに焼きついている。よく、なんらかの理由で医療不信に陥っている人に出会うが、わたしは病院でどういう待遇をされようと、不信というものが湧き上がることがない。なぜだろうと胸に手をあてて考えると、そこには真夜中にわたしの病室を訪れていた院長先生の姿があるのだ。
 周りじゅうに「死に行く子」と思われていたにもかかわらず、ひどく楽観的だった自分を思い出す。幼いから死の意味がわかっていなかったのだろうという人がいるかもしれないけれど、それは違う。わたしは院長先生に全幅の信頼を置いていたのだと思う。院長先生が助けてくれると信じていた。おかげで、いまも病院に行くと「もう大丈夫」という、妙な安心感が沸いてくる。院長先生がわたしに与えてくれたものが、いまも心のなかで生きているのだと思う。

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