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TOP >  医療費抑制で医療崩壊

“在るべき医療”に命かけた闘い

外科医・本田宏さん(埼玉県済生会栗橋病院副院長)

 『誰が日本の医療を殺すのか-「医療崩壊」の知られざる真実-』。“挑戦的”ともいえるタイトルの本が今年9月7日に出版された。著者は埼玉県済生会栗橋病院の副院長、本田宏さんだ。日本の医療制度の改善を訴えるNPO法人(特定非営利活動法人)「医療制度研究会」の副理事長も務める本田さんは、現役外科医として診療に携わる傍ら、医療崩壊を阻止するために全国で講演活動などを展開している。「日々命がけ」。そう語って止まない熱血外科医の生きざまに迫った。(金子俊介)

http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=12284

【思いがけず医師の道へ】

 「大学受験の直前までは、パイロットになることだけを考えていたんですよ」。医師になったきっかけを尋ねると、本田さんは“申し訳なさそうに”こう答えた。寝る時間を惜しんで日本の医療の未来を問い続ける現在の姿からは、全く想像ができない返答だった。「福島県の用品店の息子に生まれた私は、医師に対しては、“優しい”“親切”という印象、それから“いい暮らしをしている”と感じているくらいでした。今となっては“いい暮らし”など到底できないことを実感していますが」。本田さんはそう言って笑う。

 では、どのような経緯で医師になったのか。航空大学の受験直前の時期に母親が発した言葉が転機だったという。「それまで私の生き方に何ら意見したことのない母が泣きながら言ったんです。『戦争がまた起きたら、パイロットなんて真っ先に徴兵される。私はあなたに絶対に戦争に行ってほしくない』と」。

 直前で進路を変えた本田さんは、「浪人を見据え、新たな大学を志望するにしても、学力をつけるに越したことはない」と、難関とされる医学部を目指して勉強を再開。2つの大学の医学部を受験し、弘前大学医学部に合格した。

【青森から東京へ 奮闘の日々】

 思いがけず医学生となった形だが、入学してからは真面目に医学の研鑽(けんさん)に励んだ。また学部のバスケットボール部にも所属。充実した学生生活を過ごした。「医師になる以上、患者に喜ばれる医師になりたい」。そんな思いを当時から明確に持ち出したという。

 医師としての進路を決めるに当たって、不治の病や再発の危険性を伴う病気に対する医学の限界を感じたこと、また世界で初めて肝臓移植を成功させたトーマス・スターツル教授の講義に触発されたことなどから、本田さんは移植外科医になることを決意した。

 1979年に弘前大学第一外科に入局。さらに81年当時、移植医療を先進的に進めていた東京女子医科大学第3外科に舞台を移し、腎移植・肝移植の臨床と研究に携わることになる。

 青森から東京に出てきた本田さんは「物価の高い東京での暮らしはとにかく大変で、アルバイトをせざるを得ませんでした。アルバイト、医師としての鍛錬、論文の執筆など、やるべきことが多すぎて本当に厳しい日々でした」と当時を回想する。

 そのような日々の中、アメリカの医療現場を体験する機会も持つ。若き日の本田さんは、日本の医療の資金面の“貧弱さ”を当時も実感したという。例えば、動物実験を行うにしても、日本では実験する犬の麻酔や術後治療、またデータ管理などといった雑務までのすべてを医師が行う一方、アメリカでは、医師が対応するのは臓器の移植手術のみ。「とにかく、医療職の配置や設備環境が決定的に違いました」と本田さんは話す。

 さらに数年間にわたる現場経験から、「日本では臓器移植が進まない」という思いを抱くようになる。また、相変わらず苦しい生活も続いていた。そんな悶々とする日々を送っていた本田さんの下に、埼玉県で新しく中核病院が開院し人手を探しているという話が舞い込んで来る。悩んだ末、本田さんは転職を決意。この病院こそ、現在本田さんが勤務する埼玉県済生会栗橋病院である。89年のことだった。

【現場の声を「天命」として発信】

 35歳という若さで新設病院の外科部長を任され、分からないことも多かったというが、本田さんは精一杯責務を果たすよう努めた。しかし、スタッフの数は少なく、ここでも過酷な勤務に追われることになる。「なぜこれほどまで厳しいのか」。そんな疑問も頭をよぎったが、日本の医療制度について考えている余裕など到底なかった。

 ところが栗橋病院で勤務を始めて十数年が経ったころ、本田さんに転機が訪れることになる。済生会宇都宮病院の副院長(当時)だった中澤堅次さんから関東の病院長向けに一通の手紙が出された。手紙の内容は、病院の中核を担う医師をこれから立ち上げる医療制度の研究会に派遣するよう求めるものだった。

 「本田、行って来い」との院長の一言で参加した研究会。そこで本田さんは、それまで感じてきた現場での疑問が、国が進める医療費抑制政策で説明し尽くせることに気付く。「各メディアが『医療費は高い高い』と言い続けていましたが、それは全くの間違いでした。激務に疲れ果てた医師は病院を次々と去って行き、国民が適切な医療を受けることは困難になっています。『医療崩壊』はすぐそこまで来ているんです。これをなんとしても食い止めなくてはならない。そのために現場から声を上げていく。それこそが私の天命であると確信しました」。日本の医療を守るための本田さんの闘いはこうして始まった。

【果てぬ幸せへの闘い】

 60回―。昨年本田さんが各地からの依頼を受けて行った講演の回数だ。今年はなんと80回に迫る勢いだという。もちろんゆっくりと休みなど取っていられるはずもない。それでも本田さんはその状況をむしろ肯定的に捉える。「ここ2、3年で数多くのメディアにも取り上げられるようになりました。長年ずっと語り続けてきた成果がやっと出てきたんです」。

 そうはいうものの、今年で53歳になる本田さんにとって、医師としての勤務と講演活動の両立は生半可な過酷さではない。『誰が日本の医療を殺すのか』の出版は、できるだけ効率良く正しい情報を多くの人に知ってほしいという強い願いの現われなのだ。

 「国民一人ひとりがこの国に対して責任を持っています。正しい情報によって正しい判断をしなければならない。そのためなら私は命をかけます」。そう語る本田さんの言葉は、とてつもなく力強い。

 この一人の外科医をこれほどまで燃え上がらせるものは一体何なのか。本田さんはこう締めくくる。「私は医師です。『生老病死』と常に隣り合わせにいます。そのため、お金では買えないものがあることを知っています。だからこそ今の世の中に蔓延している市場原理は間違いだと確信できるんです。私は医療だけが良くなればいいなどと決して思っていません。みんなが幸せになるにはどうしたらいいか、それが私の全てです。“この国に生まれて良かった”。そう思える国に再生させることができるか、私たち国民がその鍵を握っているんです。目の黒いうちはやりますよ」。―本田さんの闘いは続く。

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